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方向音痴が先導やるとひでぇ目にあう…。
ぐるぐる歩かされた挙句に、結局バス移動。
目的地に着いてたくらいの距離歩かされた後に、
まったく違う方向に歩かされていたために、
バスで行ったほうが早いという事になった(らしい)。
(後で、これはどういうことなのかと説明を求めたらの答え↑)
(そんな事になるのなら)「自分で方向確認すればいいじゃないか」
と思われるだろうが、自分から(今日の先導)ずんずんと先に進んで、
一旦「間違った」というので、「分からないのだったら地図を見ろ」と
(自分は)言い、確認後進んだ挙句が結局上記のようなことになった訳で。
自分もまさか間違ったまま歩かされているとは思わないわけで。
自分よりも「知ってる(街だ)」という人間が先導だったのだから
まさかと思ってたわけよ。(自分の親なんだけどな。)
一人で勝手に歩き回るのは構わないが、
無駄歩きさせられる人の身にもなれや…。
今日は家族以外の人間も一人いたわけなんだから…。
その人にも申し訳ないとか思わんのだろうか。
ちうか、普通、方向があいまいなのだったら、まず
動く前に自分の位置を確認してから進まないか??
そこが自分には信じられん。
こんな状態で先導をやろうとすることも自分には信じられんがな…。
(自分じゃできんょ…。)
時々、「自分がもしその(仕事の)立場なら」とか、
「自分がその資格を持ってたら」とか、
そういう類の”たら””れば”で、
「自分ならそんな事(へぼい事)はしない」とか
「もっとちゃん(うまく)とやる(やれる)」とか
そういうことを言う人がいるが(まあ、これも自分の親だけど…)
そんな事は自分が(例えば)その資格をとってから言えょと思う。
「もうちょっとしっかりやってくれればいいのに…」
(正規雇用された正社員なのに…とか。有資格者なのに…とか。)
という風に思うのは自分でも良くあるが、
自分がそういう立場で無いくせに、「自分なら出来る」等とまで言う姿勢は
ちょっとどうかと思う…。
そんなに言うなら実際(資格なら)その資格をとってから言えばいいのだ。
だったらそういう文句を言う資格も当然あると思う。
そういう努力(?)もしないままに、ただ文句だけいってるのは
いかんと思う。自分で「自分なら出来る!」と言うのなら
さっさと(その)資格とって実際やって見せればいいのだ。
まあね…。今の日本の社会(会社がか?)がなんでも資格資格で、
本当の本人の仕事や働きぶりよりもその資格を
持ってるかそうでないかという部分だけで安易に差をつけているというのが
問題と言えば問題なのだとはおもうが。
「人を見る人(採用担当者とでもいうか)」が
「外部判断基準」に丸投げ…とまでは行かないが、
基準を自分の目よりも”外付け”に頼っている感があるのは
ちょっと(?)あるかもしれないがな。
(ちなみに、採用担当者ってプロじゃないの…?)
自分も「プロがこの仕事かい…(寂)。」と思う事はあっても、
自分なら出来るとはけして思わない。
(他の職種の人の事なら自分では絶対出来ないと思ってるし、同職種でも)
(万が一にももし自分が出来るのなら自分が今こんな状態なわけがないw)
(自分では出来ないのだから、今こういう立場にいるわけなんだと思う。)
「他にもっと出来る人はいるだろうに…。」とは思うがね。
絵や音楽なら、ネット上でも「上手ぇ!」と思う人は居るって(思う)のに。
どしてそんな(これでプロ?と思う)人が正規で就職できてるのか…
上手そな人があぶれているのか…。
やっぱこれもアレかね…。資格?(コネ?)トカ?
ま、いいや。
今日はとりあえず さんざんに無駄歩きさせられたが、
一つだけ…
(これが「失敗してもうどうにもならなくなって仕上げまで至らなかった」らくがき。)
もうこれは「思うようにやるには最初からやり直すしかない。」と
自分でも決心がつき、「最初から「思うような」計画で始めて、
あとはとりあえず実際の(人間の)写真があればベターだがなあ…。」と。
今日は失意の中の外出…
と…
目の前に『答え』がっ!!
一瞬自分で頭が若干shock状態で(あわあわした)、
ほんの数時間前まで「解こうとしていた数式(しかも一旦あきらめた)」
の解答がいきなり現れたような気分で…
で・も。「撮らしてください!!」と言い出せず(笑)
(これ↑こっそり撮り(後ろのものを写すふりして)。!マナー違反です!)
(勝手にブログに載せる事もかなりだめな事なのだが、)
(後姿だし…どうしても…この興奮(笑)を伝えたくて…。)
いっしょに居た友人が「頼んでやろうか?」と言ってくれていたが、
それがまた、この後数枚他を撮っている内に
バッテリーがっ!!
(このデジカメ、これまでこまめに充電していたので一度も)
(バッテリー切れさせたことが無かったのに…(涙))
((もちろん、このバッテリーは追充電O.K.タイプね。一応。))
(前日ファイル整理中バッテリー警告なんてまったく無かったじゃんぅぅ…。)
(今日撮ってるうちにいきなり「赤警告」で来たが…。)
(これまで「その一段階前」から来てたじゃん…(;;))
一応予備のカメラもあったのだが…(フィルム式のやつ)。
あ”ーっ…。やっぱお願いすればよかったかもー。(もち真横向きで…。)
アホやなあ。自分(笑)。
明日はいつもより早起きしなければならないのだが、
区切りの良い所まで!!…とやってると
いつものように時間が…。
あと4タイトルでGが終わる…と思うと
つい。
いや~、でもほんと、いい曲っていっぱいあるね。
これだからやめられないんだよね。
一曲、聴いているうちに、
「このバックのメロディーライン…。」
昔やった別タイトルの曲思い出した。
ウォーロイドって言うんだが…知ってる人いるかいな(笑)。
ちなみに、例の片手間らくがきは実はまだ長持ちしている。
「片手間」である事はこれまでのものとかわりないが、
そろそろ「らくがき」ではなくなってきているような(^^;)。
ただ、これは、描きこみが長持ちしているのではなく、
すでに、"煮詰り"状態に入りつつあって、
これまで描きこんでいる(やっちまった)部分と、
これからどう整えるべしか…という
思い切りがどれだけ自分が出せるかというところに来てしまっている。
(順調に行っていれば素直にまだ描き込める状態なのだが…。)
はっきりいって、最初らくがきからはじめているものだから、
あまり計画性無しに進めてしまったせいで、
絵としてまとまりがなくなってきていて、
ずっとやってると、「ここはこうしなければいけなかったなあ…」とか
「ここ違うなあ…」とか、そういうことになって来て…。
『広く見て』次に『細かい部分へ』という流れが正解で、
小さい部分から先にやるとまとまらないし、
引いて(全体を)見るとおかしなことになってるし、
個々ではすでにもう修正できないし…。
(ここをやればあっちが合わず、こっちをやればあっちも合わず…となる。)
(絵を描く時はまず”あたり”をとって、)
(全体的なバランスをある程度とって(描いて)から)
(だんだん細部へと目を(手を)移していくってのがふつう。)
そういう風に思っている部分を実現しようと思えば、
もう一度最初からやらないとダメだって事は
うすうす感じてはいるのだが…。
(…うん、そうなんだよ。もうね…(ーー;))
…素直になった方がいいかも(笑)。
しかし、そうなったらそうなったで、
この「う~む…」となったものを
どう仕上げるかでまたう~むとなるわけで…(笑)。
はぁ…。
ちなみに、Gは結局終われず。
ここに来て…(1タイトル内に)60以上あるのは…(さすがに…)。
パッケージやその他、とにかく、ビジュアルが
例え最初個人的な好みでないものでも、
(まあ、キャラものはある程度ジャンルというものがあるのでそこら辺は)
(ある程度の予測どおりとなることがあるが、)
ゲーム内容とその「好み」が予想通りとなるとは限らない。
と自分は思っている。
好きな絵だったり好みのデザインの「見た目」であっても、
ゲーム的にそれほどでもないということは多いし、
逆も多い。
好きな絵で(買ってみて)内容がっかりだったという事はあるが、
逆に「この絵はどうかなあ…」という基準だけで
購入を見合わせるということはよほどのことが無い限りやら無い。
(絵が好きだからとすぐ購入を決めるということも無い。)
自分の場合はビジュアルは必ずしもそのタイトルの
プレイ後の評価(好み)に絶対的な影響は強くないとそう感じている。
だから、見た目だけでゲームの好みまで判断してしまう事は
ある意味もったいない事かもしれないと思うわけで。
高評価な上の「プラス」とか「(そこだけが)ちょっと残念」とか、
そういう影響は確かにあるが、結果的に致命打というほどは
無いように思う。(絶対ではないけど。)
まあ、自分でそう思ってしまうと、
ビジュアル(の力)って弱いな~と思う。
「見た目(表面的)」という面で非常に貢献はできる位置ではあるのだが、
そこだけといえばそこだけ。
深くまで効かすにはそーとーな威力(オーラ)が要るよな~と。
しかし。
音楽面に関しては…
なんか自分、
例えば曲聴いただけで「こりゃやってみたい!」と
やたら食いつきがいいし、「(ゲーム自体の)センスいいかも」と
やたら期待してしまうし、プレイしてても
BGMが良ければゲームの印象(度)がやたら上がるし…
かなり音楽に左右されてんなと。ほんとそう思う。
(自分、他の『映像作品』においてもほぼ同じ。)
自分が「このゲーム好きなんだよなー」と思っているもののほとんどは
「=(イコール)曲が好き」ってのがほとんどじゃなかろうか…。
逆に、曲が嫌いというやつで、ゲームは好きだっていうやつは
無いんじゃないか?(笑)(ゲームはダメだけど音楽は好き!ってのはあるが。)
曲(音楽)の力、強ええ。
しかし、悲しいかな…
音楽はビジュアル面より(自分にとっては)勝るが、
ビジュアル面他を通過しないと表に現れえないという…。
音楽だけで表面化されることは(実は結構あるのだが…)少ない。
TV番組等で使われている事はとても多いのだが、
音楽としてだけで一人歩きできるほどのものはほとんど無く、
通り過ぎるだけの使われ方をされることが多い。(と自分は感じる。)
(元々、インストナンバーは歌詞入り曲よりも一般的には弱いのだけどね…。)
まあ、ビジュアル面がその作品から離れる事がなかなか出来ないのに対し、
音楽は別系に使いやすいという利点(?)はあるが。
でも、音楽として「すごくいい曲なのにー」と思うものはすごく多いのに、
人の耳に残る形で耳に届く範囲が非常に狭いということが寂しい…。
TV番組でバックに流されても、それの元曲(それが何の曲か)を調べてまで
あらためて聴こうとするのはなかなかやらないことだし…
まあ、”何かの作品の音楽”として作られたものは
ほとんどが同じ事になるかな。ゲームだけじゃなくて映画とかドラマとか。
しかし、ゲームってのだけは他のものよりもちょっとユーザーが限定的な
ところがあるので、でもいい曲はいっぱいあって…
ゲーム音楽しか作らない人とかもいて…
ほんと… これって
もったいない事だよね。
もっと広く知ってもらいたいよな~。
話題休閑…
今のゲームの場合、店頭などにおいても
ほぼ見た目(ビジュアル)の方でしか宣伝効果が無いが
(特別に、デモ流してるとか、CM流してるのは別)、
そのゲーム中に使われている曲がお試しで聴けるようになると、
自分などにはとても効くだろうな…(一発で買いスイッチが入る可能性がw)。
あ~…でも、自分でここまで言っといてアレだけど、
自分、これからやると思われる作品の曲(メインタイトル(テーマ)以外)を
先に聴く(聴かされる)のってのは嫌なんだよね(^^;)。
今自分でやってるやつは
自分にとってプレイする機会がもうほとんど失われているやつばかりなので、
プレイしていないものの曲でも聴いている訳なんだがな。
しかし…、ほんとGにはいい曲多いな!!(・∀・)ウハー
Gも結構あるな~。
ざっと残りのファイル名(分布)を見ていたのだが、
「Gが終われば半分?」と思う事が本当なのかと感じるほどに
まーだあるね~…(笑)。
特に多いのはやっぱM。S,Tもそれなりにあるようだが、
Mが全アルファベット中一番大物が集まっている様子。
(ヒゲ兄弟があるし、岩男もあちらじゃM名だしな…)
(まぁ、幸いにも岩男シリーズはすでにある程度とっているので飛ばせるが)
Gはそうか…、あの有名メーカーの代表的なやつがあるんだな…。
「小剣」とか「かまゆで君」とか…。
『人のふり見て我ふり直せ』
とは、あまり良い場面では使われない言葉だが、
他の人のすばらしい仕事を拝見すると、自分の小さな迷いとか悩みとか、
そんなのがひどくくだらない事であると、そう思えて
「自分もがんばろう。」と、そう思えてくる。
やっぱ、一所懸命なもの・作品。そういうのは人に力を与えるね。
逆に、手を尽くしていないようなもの・作品は
やっぱ恥ずかしいね。(←自分のこと言ってんだけど。)
情けない…。
人から見て、『我ふり直せ』と思われるような事は
やっぱしてはいかんよね…。
しっかし、これまでは一度コケてると即とり直し!としていたので気づかなかったが、
一回に何度もコケているものも少なくなかったのだな…。
当たり前だがプレイヤーの音はこけたりはしていない。
どうしてこうもコケコケするのだろうこのソフトは…。
そして、また一つ気づいた事があるのだが、
この「コケている」部分は今のところ必ず「0.08秒(間)」なのだ。
(コケた部分の削除の際にその個所を選出してドラッグすると)
(その部分の「時間」が表示されるのだが、それがいつも「0.08秒」。)
その「数字」が分かった所で、自分にはなにもピンと来る事はないが、
この数字で何か気づく方もいらっしゃるのかもしれないな…。
未だ「自分が以前使っていたお気に入りの音楽編集ソフト」を探してないのも
自分の怠慢ではあるが、このダメダメな録音中のヘタレ原因も
未だ分からないわけで…。
以前、何の前触れもなくある特定のアプリケーションを落としていた犯人が
『マウス(のドライバ(?))』であったという事があるので、
このフリーソフト自体が悪いのではないかもしれないのだが。
にしても…
昨晩、眠る直前に「片手間らくがき」がノッてきてしまい、
案の定寝つきがしごくわるくなっちまって、
今日の後半はずっと眠かった…。
(今日の)夕方に親戚のおじさんや友人から電話があったのだが、
友人からの電話の最中にも眠気が襲ってきたり
(さすがにおじさんとの電話中は緊張感が保てていたが…)、
寝不足によるナチュラルハイテンションぶりだったりと…(苦笑)。
途中ちょっと自分でも何言ってんのか分からなかったりして…(スマン友人…)。
その「片手間らくがき」はいい具合に長持ち中。
もうしばらくもちそうな気配。
また特に考えもなく描き始めたネタだったが(ほくほく)。
そういや、二周年目のもの、何も準備してないなあ…。
どないしよ~…。
それはそうと、またバルダーズゲートしたい感が
むくむくと湧いて来てる…(笑)(…しかし、今はまずい…)。
Fまでは終了した。
しかし、友人宅への再訪問は延期され、
片手間らくがきも(掲載できるものは)なし。
(内容がマニアックすぎて載せられん(笑))
だが、ここに来て、やっと「カブリ」の修正のコツ(?方法?)をつかむ。
音が”つまずいて”録音されているものはこれまで完全とり直しをやっていたが、
何気に「このダブってるてるとこ(片方)消去すればなんとかならんかね…。」と
試してみたら意外と上手くいった(^^)。
純粋にダブっていただけだったのだな…。
「音飛び」していて少しは音が”飛んで(失われて)”いるのかと思っていたのだが。
ただ、この方法も、そのカブっている部分を
正確に見分けられる場所でなければ出来ない。
今のところ何とか見分けられているが、
微妙な所だったら無理かもしれないな。
でも、これが上手くいくと、かなーりの時間の短縮になる。
一回あたり5,6分の短縮。これはほんとに助かる。
ただ、ここのところ、ちょっと気を抜いていたせいもあるが
(PCからの音量を常に一定で聴いていない・スピーカーの音量をよくいじる為)、
集音の音量が妙な事になってきている。
再生音より若干小さく録音するように自分はやっているつもりだったのだが、
曲によっては再生音より大きな音で録音されている…ような…。なぜ?
前までは順調にとれていた気がするのだが…
ものによってえらく(音が)でかかったり。
どこを基準にしてやればいいのやら。
このレコーダー(アプリケーション)、
再生に使用しているプレイヤーの音量によるのではなく、
もとの音量に沿っているのだろうか…。
どこを信用したらいいもんやろうかねぇ…(困)。
レコーダーに出てる「レベル」かねえ…
(録音された)データの音量を一度下げてしまうと、
それからもう一度音量を上げる作業をすると
なんだか音質が悪くなってしまうのではないかという気がして…
かといって、音量変更前と後でデータを別々に保存するてぇと、
mp3にエンコードする前のwavデータまでそっくり残しているもんだから
それでなくてもすでにだんだん領域を埋め始めるているし…。
(無知だとこういうとき損をする…。^^;)
ほぅ・・・(ためいき)。
集音はなんとか(気分が途切れずに)順調に進んでいっているのだが、
エンコードは滞っているし、エンコード自体は「ボタンひとつ」でも
出来る作業なのだが、その際のデータ入力と、
その前にこの音量調整がね…(T T)あう~…。
曲数が増えれば増えるほど、さらにめんどくさくなってくる…。ね。
(現時点でのエンコード(データ入力済)ファイル数は90弱。)
(集音が終了していてエンコード待機中のファイル…)
(600over…(ギャっΣ=□=)ソンナニアッタンカ)
とりあえず、音量のチェックの方は
別作業中にやるのが効率としてはいいんだよな…。
(BGMとして聴きながらチェックする。)
早く、次の手伝い作業来ないかな…。
久しぶりにある友人宛てにメールをしたら(自分はたいてい長メール)、
「今、手におえんくらい忙しいから詳しいお返事は後ほど!」
という返信メールが(申し訳無さそうに書かれた)来た。
ちょうど入稿かなんかの修羅場なんだろうな…(^^;)
そうそう。入稿前って何かと切羽詰ってくるんだよね。
それまでいろいろ準備してるはずなんだが、
日がなくなってくると、なんか気持ちも焦ってきて。
自分も時間的プレッシャーに弱いタイプなので、
早めに『焦らないように』とやってるつもりなのだが、
結局入稿直前までばたばたとする事が多い。
って、自分そんなに多く経験ないけどな。入稿の。
絶対個人じゃ消化できないのでやっていないが、
自分もやっぱオリジナルでグッズとか…
とにかく何かモノとなって出来上がってくるのは
楽しいので大好き。
…作るだけならね。
そういや、今年、自分は
『プライベートで、製本(出力印刷)出来るようにする。』
ってのがひそかな目標だったんだよな…。
外注をするとかいう大きな事ではなく、
単に自分の家の一般的家庭用プリンターでの出力で
製本でなく、クリアファイル等に入れただけでもいいのだが、
とにかく、一つ形として出せるような絵を作るってのが
目標だったんだな。(忘れてたけど…^^;)
絵だけなら数あるが、ちゃんとした「出力」対応となると、
ちょっと気合が必要になる。
最近はWEB用とか、とにかく低解像度・低サイズばかりなので、
印刷を考えると最初から計画して、最後まで細部に気を抜かずの
作業が必要。(その分ファイルの容量もでかくなっちまうんだよね~…。)
サイト(モニタでの閲覧用)の画像を作るのとは
時間的にも気合的にも大違い。
だから、基本的に、”最初から”その気で描かないとダメなんだよな。
そう…昔は印刷できるくらいの絵(サイズ・解像度)で描いてたんだよな。
前は単純に「PCで絵を描いている」というだけだったから。
しかし今は「HPで表示させる」という事にしているので
だんだんと時間的にも作業的にも楽なサイズで
早いうちから作業するようになっちゃって…。
しっかし…、
もう今年も半分経っちまったな…。
現時点で「印刷」に耐えうるのっていくつくらいあるんかな…(ー ー;)。
オリジナルグッズを作るサービス等、
今やいろいろ結構手ごろなお値段で出来たりするから、
自分も何か作ってみても楽しくていいなと思うのだが…。
もうすぐサイトの2周年だし…とか思うが…。
作ってもねえ…(貰い手が^^;)。
つうか、(外注してちゃ)今からじゃ間に合いません!!(笑)
Dが先日やっと終わって、Eは頭に準大物があったが
タイトル数自体が少なく、意外とすぐ終了。
次はDと並ぶ強敵在りのF。
さらに、ハード名ともかぶるためタイトル数の多い事。
続くGも結構数がある模様。
しかし、Gが終われば半分は終わる。かな?(見た感じ。)
タイトル名にはやはりかなり偏りがある。
そういえば、かなーり前に、タイトルに地名が入っているものは鬼門と
聞いたことがある。ヒットしにくいのだとか(?)。
本当に隠れたセオリーがあるのか。
しかし、売れると言われている要素を全てそのとおりやっても
それが必ず大ヒットと言う事はない。
制作側が一所懸命にやれば。そして楽しく出来れば…。
それでいいのでは。と言う訳には行かないのが今の社会構造なんだな。
結局は売れてなんぼ。って事になってしまうんだな。
でも、自分が一つ思うのは、
世の中で大ヒットしたからと言っても、それがそれぞれのMyナンバーワンに
なる訳ではない。結構世間的には大ヒットなどしていない、
ちょっとB級などと言われているようなやつのほうが
それぞれのナンバーワンになってたりする。
だから、個人的には、マイナーどころが淘汰吸収され、
すべてがA級タイプというものばかりになってしまっては嫌なんだよね。
これってあれかな…
大きな所(資本の大きな所)は大きくいろんなことが出来るが、
小さな所は創意工夫とか独自性とか…そういうところで
「他と違うところ」でがんばろうとしているところ
そこらへんが自分好きなのかな…。
もちろん、その方向によって(そして、プレイヤーによって)
アタリとハズレがたくさんあるんだけどね。
(それはしかたない。)
大手は逆に大ハズレはしないというのは当然あるがね…。
どっちもあることが大事って事かな。
先日、友人宅で
友人との会話の中(と、ちょうどもらった週刊誌の中にも…)に
「マンガの原稿料は1ページ約一万円。」だとか言う話がでた。
条件によってこれはさまざまだろうが、
それを聞いて、中には「そんなにもらえるのか!?」と思われる方も
いらっしゃるだろうが、諸々込みでだから…(もちろん「プロ」という条件付だし)
つまり、一人で全部描いてりゃそりゃイイ額だが、
そんなのは連載ともなればほぼ無理だし。
(掲載のペースにもるだろうが…。プロの仕事なら普通一人で描くのはかなり厳しいょ…。)
しかし、個人的に、「(確かにその額なら描ける額かな…。)」
とは思った。
ちうのはつまり、
「原稿料1ページ(最低でも)五千円も出す(くらいの)気もなく、
簡単にマンガ(を描くという事)を考えてほしくない。」と言う意味で。
そのくらいの苦労ちうか労力ちうか…。
そのくらいマンガを描くのは大変だって事を認識してほしいね…。
まあ、自分も個人的に「(自己満)マンガ」描いてた時は
(当然当時から人に見せるなんて考えてなかったが、)
金の事とか、苦労の事とか考えてなかった。
ただ、純粋に描きたいから描いている。という力で描いていた。
だから、その気にさえなれていれば、只だろうがなんだろうが
マンガは描けるのだが、ビジネスとして(依頼として)描くのは
そのくらいの交換条件は必要かもしれないなと。
・・・。
”描きたい”漫画かぁ…。
肩痛てぇーー。
先日の自宅とは違った姿勢での長時間労働の後遺症?
というより、単に軽く寝違えたっぽいが…。(痛いの片方だけだし。)
友人から昨晩「明日おいでよ。」と誘われたが、
さすがに連夜というのも(飯も戴いているし)心苦しいので
また来週お邪魔すると言う事に。
のこりの絵のいただき作業は確かに早くしたいが、
自分がやらなければいけない個人的仕事が片付いていないので、
そっちもやらねば。
ちうわけで、今日までにほぼベース(用の絵)が揃った。
あとはサイズやレイアウトを調整して、所定の用紙サイズに
あわせるという作業。して、修正・整え作業のやね。
今日はこれまでに軽くレイアウト調整までやっていたのだが、
ここで上手く合っていなかったりしたものをチェックして、
後日画像を新たに作り直す。という作業をするのだが、
この前の作業ではそれが出来なかったので(時間がなかったので)
ちょっと大変だった。
「うぉ~合わねぇけど書き直している時間がねぇ~っ…(;_;)。」て。
後日結局日を空けてその作業やったが、なんか一度アップされると
なんだか…テンション一回落着いちゃうんだよね。
というか…、一旦アップされたやつはあんまり後でじっと確認したり
しないんだよな。自分。アラを見つけ出すとどんどん、キリがなくなってくるから
自分でも嫌になってきてしまうんだよな…(^^;)。
しかし、さすがに「こりゃひどい…。」というのは調整しないとな…(恥晒)。
ちなみに、ずいぶんと前にだが『まぜモン』の海外版の方覗いた時
ロゴの画像が古いやつ(まだ調整前のやつ)だった
(最終的に送ったのはこのサイト内にある紹介ページの画像のやつ)
のは、直されているのだろうか…というか、言った方がいいのだろうか…。
先日お邪魔した友人に週刊誌(J)のお古を譲ってもらった。
ある作品のキャラクターの絵(原作者の絵)が見たいといったら、
これ持ってけといただいたのだが…。
この雑誌、自分もずいぶんと前見たことがあったが、
あの頃とはずいぶんと変わったなあ(ぱっと見の印象がね)と感じたのだが、
なんだか、似たような絵が多いような…。
新しいタイプの絵の見分けが、単に自分に出来ていないだけかもしれないし、
単に、これが今の主流な「描き方」ってだけかもしれないのだが、
以前載ってたマンガは、初めてその雑誌を見た人でも、
ぱっと開いた時のマンガ(作家)の違い位はすぐわかるくらいに
みな個性があったように思うのだが、
今回自分が感じたのは、いくつか印象がかぶって見える絵が多いなと。
(そして、あんま 少年誌ち感じに見えんね…。)
描き方の全てが似ているとかいう事はないのだが、
細かな部分が似てたりする。
まあ、大きくいえば顔の描き方。特徴。雰囲気。
それだけ似せられてるんだから、上手いって事には違いないのだろうが、
描き手の好みが似かよっているだけなのか。あるいは、読者の好むタイプの絵に
みな合わせようとしているだけか。
いずれにせよ「似せられる」のだし「期待にこたえようとする」のだから
描き手の技術は間違いなく上がっていると言う事にはなるのだろうね…。
やっぱ、マンガの個性はストーリーって事ですかぃ?
…お持ち帰りの「いただき絵」データの入ったメモリ。
2本のうち一本ドライバがうちの作業機で未対応だった…(笑)
(ある友人からパッケージ外した状態で受け取った新品メモリ。↑(一応借り物w))
おー…ネットから探して落として来いちか!? めんどくせーーー。
対応機で一旦データ別のメモリに移し替えて持ってきたが早ええ!(?)
ちなみに、せっかくいただいて来た資料群(兼手持ちブタさん退治用)だが、
まずは先に片付けねばならないものがあるので、
「片手間らくがき」とともに、しばらくお預けです。