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昨日は、ちうか、日付は今日だが寝る前までに何とか『A』が終了。
今日から『B』に入る。
(今日の題は、今使っている音楽編集ソフトが一時ファイル等を、)
(削除ではなくて『ごみ箱』へ入れてくれてることへのツッコミ。)
(自分、ごみ箱に何か入っていることが好かんので(空スキー)。)
何かで再生して曲を聴く場合、アンプを変えたりスピーカーを変えたりということで
音が変わるというのはよく聞く話だが、PCで曲を再生する場合も
プレイヤーを変えることで音が違って聞こえる場合が多い。
(TVゲームもテレビ変わると音違って聞こえる時あるよな。)
音をアプリケーションに依存してシミュレートさせる場合は特に変わる。
(とか書いているが、表現が正しいかどうかは不明…^^;)
音自体もアプリケーションによって違うし、バランスも違う。
昔、midi再生させていた時などは、顕著というのか、
拍子はずれの音になったり、曲として成り立たないという事もあったもんだで。
アプリケーションによっては音自体出せてない時もあったりするので、
その元曲を正しく知らない場合は、もとからそういう曲なのかと
勘違いしてしまう…。(音源が特殊だったり拡張だったりするとな…。)
実際、勘違いしている曲もあるのだろうな…。
(プレイヤー変えて気づいたというケースも実際これまでにもあった。)
昨日、曲の音飛びチェック中に手持ちブタさん(正:てもちぶさた)なので
落書きしていたのだが…
昔テーブルトークってやつにまぜてもらってた時に使っていたキャラクター
今描いたらどげんなるやろうなと(訳:どのようになるだろうか)。
(ちなみにテーブルトークというジャンルのゲームは、)
(個人的には当時ほとんど知らなかったのだが、種類がかなりあって)
(その中の『ソードワールド』と『シャドゥラン』とあと一つ…)
(『アンジェ…』?なにかさせられたな…。)
(中でも一番ルールがプレイヤーにもマスターにもやりやすかったんだろう)
(『ソードワールド』が一番多かった。)
(もし、当時個人的にそのジャンル(TRPG)に関心があったなら)
(もう一つ『AD&D』を経験してみたかったねえ…。)
(一番もっとつっこんでやりたかったのはもちろん『シャドゥラン』だけどな^^)
(しかし、テーブルトークって金が掛かるんだよね(笑))
(とりあえずルールブック等がゲームソフト並に高い。)
(個人的に所持しているのはメガテンのやつだけだ。)
自分のメインキャラクター(ソードワールドの)は
人間・男性・設定は26歳…あれ?4だったか?のしかし中身は46歳という
よくわからんキャラクターで、クラスは無難なファイター・セージで。
(まほーはなんとなく使わせたくなかったので…。キャラ的に…。)
(実は自分は46歳がホロデッキで暇つぶししてるっていうイメージでやってたんだよな…)
メンバーは普段7人パーティ、時々+2人(先輩)で、
自分のキャラはまあ、目立たずさわがずの(テーブルトークでは致命的な無口(笑)で)
無難にまぜられていたのだが、いつしかメンバー内のキャラクターと二人で
「マダムキラーズ」という俗称が与えられ…
別に女性を口説いていた訳じゃなく、もう一人が若くてイケメンキャラで
自分キャラがフェミニストだったからだろうが…
自分のキャラは別にかっこよくもないのだが、
それを今”そういうイメージ”で描いたらどうなんだろうな…と
描いたのがこれなんだが…(^^;)
普段はいつも鎧ごてごてのキャラで、
MyバルダーズゲートキャラのGalliusにどこか面影が似てるのは
ベースがこのキャラだからで。
(ちなみに、ほほのマークはシロツグからのイメージぱくりで)
(ウェインではない。)
今、当時の友人(メンバー)に「こんなキャラでしたー」って見せたら
多分大笑いされるだろうな(笑)。(描いた本人が面白いから載せてんだが。)
(もっと青臭いというかのっぺりとしたというか)
(「いいひと」の主人公みたいな…(あえて似せて描いた事もあった))
(そういうキャラ(顔)だちだったから…。)
こんなキャラが冒険者としてふらふらしてちゃ浮くよなw。
…まあ、以前から妙な鎧着せてたから浮いているとは言われていたがな(^^;)。
(こんなん。)
(多分どうなってんのかこれじゃ分からないだろうが…。)
まあ、”そういう”というイメージじゃなく、
本当にいまそのキャラクターとしてもし描くなら
きっともっとオヤジぃな、すこしベルセルクの主人公入ったみたいな
男臭いキャラに描くだろうな…。
他の友人達も今それぞれのキャラクターを描いたらどんな風に描くのかなと
ちょっと見てみたい気もする…。
まあ、おそらくそんな機会は無いだろうが。
もうみんなそれぞれ遠くを歩いていっている。
…唯一(二?)このジョークをやってくれる可能性があるのは、
以前「オランが滅亡したー!!」と(唐突に)メールくれた友人と、
そのメッセージをその友人に最初に送った友人くらいか(笑)。
やる気を第三者のせいにするのは間違いだが、
自分で何とかやる気を盛り上げようとしているのに
そこを外部からくじかれるというのはなんともがっかりする。
宿題をやろうと思ったときに宿題しなさいといわれる?
いやいや、そういうことじゃなくてですね(笑)。
こちらが青と設定した所を、「青じゃない方がいいですね」と指摘され、
青じゃない色に変更して進め、確定近くになってから「ここ、青がいいですね」と言われる。
まあ、多分そういってる本人は、とても些細な事
(ちょっとした変更くらい)だという認識だろうが、
自分は最初に作ったものの”構え”というのか、
そこを指摘によって変更した訳で、
そこをまた変える(最初に戻す)とか、そういう振り回され方をすると
足が浮くとでも言うのだろうか。腰が据わらない感じで
精神の統一がままならない。集中できないんだ。
またいつ変更依頼がくるのか知れんという気にもなる。
確かに、一つだけの変更といえばそうかもしれないのだが、
実際作業側とすれば、たとえるならその製品にあわせて
機械の種類や設定を準備していたのに、
一つの変更でも全機械の種類や設定をやり直すことが要求されるって
そんな感じになるわけだ。
今回も、今回の「戻し変更」でこれまでに作った画像全てが
作り直し・調整だ。
(実際は「色」でなく「型」だから「色」ほど変更は簡単じゃない訳。)
変更自体は外部からの客観的な視点からの指摘で
自分はそれをもっともの事であると認識するので、
よほどの個人的入れ込みがあるもので無い限りは一向に構わないのだが、
一応、自分でもサンプル(試作段階)としてでも絵を作る時は
毎回魂込めてやってるつもりなので、
新たに変更というものならまだしも、
一度やったものにまた戻したりというのは、ちょっとまてという気持ちに
なることも正直ある。
そういう変更のされ方は、
その「客観的指摘」に信用が置けなくなっていく結果につながる。
なんつーか、せめて「やっぱり、○の方が良かったですね。」とか、
あるいは、一度指摘したものを戻すという事に対する”理由”ってやつを
何かしらちょっとしたものでもいいからつけてほしいもんだと思う。
そうしないと、振り回される事への納得がいかん。
すごく軽く扱われると感じる人もいるだろうし、不信感も募るだけだ。
自分は確かに、何の地位も権力も実力も無い人間で、
どういう使われ方をしようが仕方がないのだが、
ダメな人間をそれなりに上手く使うには、
それなりの扱い方をしないと、世の中の無駄を増やすだけで
いいことはない。せめてもっと効率的な生産ができるよう、
使用者側にはそうしてもらいたいと願うばかりである。
時々、ゲーム音楽等をピアノなんかで激早に弾いたり出来たりする人が居るが、
クラシックの曲にしてもそのくらい(時にはそれ以上の)すごい技術が
要るスコアもあるんだよなと あらためて思った。
音楽をやっている人にとってはその気さえあれば弾く事もできるんだよなと。
そのくらいすごい事なんだと、普段クラシックに対してそんな風に
思わない自分は反省しなければいかんなと。そう思いました…。
にしても、悪魔城伝説とかピアノで弾けたら気持ちいいんだろうなあ…と
思ったり。自分も二段式+足の電子系ピアノ(回りくどw)やってたことがあったが
やっぱクラシックピアノの弾き手さんのほうがかっくいいなと今も思うね。
叩いてる感じがかっくいい。グランドピアノ自体もどっしりしているからいいんだよね。
電子系ピアノでも叩いたりという弾き方はできるのだが、
なんかかっこよくはないんだよね…(^^;)がんばってるなとは見えるけど…。
6月かぁ。早いもんだ。
友人から届けモンがあり、こっちもなんかつられて動き出す。
ずいぶんと前にやった作業と同じ行程作業なのだが、
好きな曲を録音して整理してまとめたりというやつ。
CD化されていない曲なんかをこうやって自分用にまとめたりする事は
好きで、PCを扱う以前にもやったりしたことがあるのだが(アナログにな…)、
これが結構手間と時間がかかるってなもんで。
そうとうやる気を持続させないと難しい。
これは以前の経験からってやつやね。
自分の知らない作品から好きな音楽を発掘するというのも
手間はかかるといえばかかるのだが、自分の好きな傾向というものがあるので
だいたい出足と音色で全部聞かなくて選別ってこともできるが、
問題は録音なんだよな。
一つは1クールがどこまでなのかという把握と、
何クール分とるか。
一度自分で聴いて、録音も自分で止めてってやらんといかん。
(ずっとやってると、ボーっとしてて「あれ!今何クール目!?」となる。)
音量も作品毎に違うので自分で調節しなければいかんし。
まあ、ここら辺はPCのおかげであとから修正も可能ではあるのだが。
やっぱ一番の曲者は音飛びやね。
アナログ録音の方が時々マシなんじゃないかと思うくらい。
ああ、自分は素人のただの音楽好きなだけで、
特殊な機材とか一切なくて、自分が楽しむだけの録音だし、
金より手間の方かけてやってるんだが。
アナログ録音の時の曲者といったら、途中どこかで電気の点灯消灯とか
そういうことだったりするが(ラインでとってもノイズがね)、
PC内で録音やってるときはとにかく音飛びのチェックがたまらん。
「デジタルなのに音飛びかよ!?」という突っ込みは個人的にもいつもの事だが、
一回の録音が長くて大体3分弱。それを毎本聞き返してチェックしていく。
音飛びって言うのは、自分専門的なことはわからんのだが、
とりあえず、録音中にHDDへのアクセス等か何かで再生(録音)中の音が
かぶったりする現象でな。これが録音中起こることが多いんだ。
これが一番録音作業の進まない原因。
1作品辺り5~10曲くらい録音があったりするから、
一曲でつまずいていたら全然終わらん訳で。
実際、今回も一日かけて終わったのが
アルファベット順にやっててAのiまで(Ai~名の作品)。
一ヶ月かけても(Zの作品まで)全然終わらない計算だよ。
メモリをめいっぱい増やすとか、ちゃんとした専用のソフト使うとか。
そういうことをすればこういう苦労は無くなるのだろうけどな。
やろうと思えば、1クール分だけでもちゃんと録音が出来さえすれば、
その切れ目でコピペとかやって増幅はできるのだけど…。
これもやったことはあるのだが、けっこう…面倒なんだよね~(目は疲れるし…)。
でも、なんだか、今回もこれをやらないと終わらない気配になっていて、
まだAなんだからZまで行く為には、気力がなえる前に何か良い手を
考えなければ…。
ところで、桃伝ってないんかねえ…。
PCの前で作業するする事が減ると
どうしてもブログの更新も滞る。と。
今回、作業のメインがアナログ描きなので、
PCでの作業はアナログが出来てからまとめの段階でという事に。
まあ、その作業自体も現在そんなに数があるわけではないのだが…。
この作業の『案』もまだ『企画書段階』というとこあたりだろうか。
(なんつぅんだろうねほんとは…。)
プレゼン前の仕上げに近い所くらいまで進行はしているのだがね。
(ブログがスカスカなのはその所為だけじゃないんだけどね。)
そういえば、今日、見かけたテレビのコーナーで手相をやってて、
「ユーモア線」と「才能(?)の芽生えと根張り」というのをやっていた。
その占いでは手相は左手でみており、
小指側から伸びる…何線って言ったっけ(笑)、(←「感情線」でした。)
手にある大きな三つの線の内の一番上のやつ、
その線に(端側から)かかるように(ちょうど小指の下辺り)
「く」の模様が「ユーモア線」なんだとか。
たくさんあるほうがユーモアがあるって事か。
著名なお笑い系の重鎮さんは6つあるとか紹介されてたな。
自分は4こ…。ユーモアつうか、洒落っ気というより
「ユーモア」のもう一つの意味の「きまぐれ」のこっちの度合いが強いって
事なんじゃなかろうかと思ったり…(ユーモアはあってもセンスが無きゃねえ…)。
「才能」の方は、薬指の下の辺りに縦に伸びる線(薬指と先ほどの線との間(上側))
その線から「上に枝分かれした線」があるなら、これまでやって来たことが
芽を出し始めている。ということらしく、
「下向きに枝分かれの線」がある場合は、現在根が張りつつあるということだとか。
ほんとかねえ…。たしかにあるけど…上に枝分かれの線が…深めなのが2本ほど…。
個人的に、占いを盲信する方でないせいもあるのか…(見るのは好きだけどね)
毎日自分の手をまじまじ見てるわけではないし、
これらの線もいつからあったかも分からんしな。
(ずーっと前からその「枝分かれ」の線があったのなら、)
(芽のままでずっとそのまんまって事だろ?(笑))
信じてどうなる訳でもないが…でも、なんだか、ちょっとだけ
気が楽になった気がしたのも事実…(^^;)。
今までやってたこと、これからの事。
考えた所でどうなるかも分からないし、
いいと思ってやったことが必ずしもいい結果となることも無い。
とりあえず、不確定な気休めのような事でも、
「とりあえず悪い事ではない」という示しがあったのだから。
…そんなこと気にするほど弱くなってるってことでもあるね(^^;)。
『結果(成果)』なんて別にいつも気にしては居ないつもりだが、
プライベートの絵を描くことだって、完成の充実の味を忘れてしまっては
描けない…。
(絵を描くのが苦手という人は完成の絵を思い描けないってよく言うよな。)
その事に最近気がついてしまった気がする。
といいますか…。ここのところ「脳内のバランスが悪くなってきているのでは…」
と感じる事がありましてね…。すぐ”冷める”んですわ…。
行動を起こす前にしぼんでしまう事が多く。
それも自分で分かるくらいに「ぎゅん」としぼむんですわ。
なにかひらめいても、例えばなにか描きたいものが出来たとしても、
筆をとる前に「なんで描きたいと思ったんだ…?」といった具合に。
(軽く認知症なんじゃないかと思うくらい…。)
興奮が続かないとでも言うのかね。
ある程度まで作業をやっていると、作業が続かないなんて事はないのだが、
とっかかり(始動)がどうも上手くいっていない…らしい。
不の関連付けが出来上がりつつある所為も在るのかね…どこかに…。
運動不足かな…。
あ、これ五月病?(違う)
え~…とある本によりますと、
「えりくびに在るほくろは凶兆で打ち首になる前兆」だそうですね(^^;)。
今の時代だと、打ち首になることは交通事故に遭うより難しいですね…。
占いって面白い…。
(その本は占いの本じゃないのだけどね…。歴史とか紹介してる本ですが。)
自分がちっちぇかった頃に比べ、
少し小さくなった山車の出るお祭りも今年も終了。
これからだんだんと田植えの時期へと…。
自分が好きなことをする事に
モチベーションを他に求めるのは
それが本当に自分が好きなことではないからでは。
自分が本当に好きなことだったら、
内から出てくる衝動が原動力となり
それだけで十分稼動するのでは。
そう。そうだと思う。
(外部刺激ってのは必要だと思うが、それに反応するのはやはり自分自身だし。)
自分が好きだと本当に思えるものに
他人に後押しを求めるのは、そのとおり、甘えだと思う。
でなければ、本当に好きなことじゃないか。だ。
しかし、自分も含め、
自分のやっていることに迷いや自信が持てなかったり
そういうことを常に抱いている人はいると思う。
芸能の分野においては、自信過剰なくらいでは足りないくらいの
自信持ちでないと、やり通せないものがある。らしい。
それを持ち合わせていない者も居るだろうし、
(自分は努力が足りないのだが、)
どれだけ日々努力していても現状に進展の無い毎日にいると、
自分自身や自分のやってることに対して不安が出てくる。
そこに他者との比較?ではないが、
自分の居る位置の確かさというか、
自己の存在を他者に求めるというか。
そういうことを思うことはあると思う…。
(それが甘えちうやつかねえ…。)
まあ、それ(他者から見た自分等気にする事)をいとも思わず、
ただひたすらに打ち込む事のできる人間だけが
やっていくことのできる世界なのかもしれないがな。
…そうなのかもしれないな。
今は「食ってけない」事をやっているというは
大人として失格であるようなレッテルが貼られるような
そんなイメージがあるが、本当に好きなことなら、
せめて食ってけるだけの糧を他で稼ぐ事があっても、
自分の好きなことへの姿勢は変わらないというのが
本当なのかもなあ…。
(今は、普通でも食ってくことすら稼げないという事もあるから、)
(「他で」なんてことが出来ないかもしれないがね…。)
((つまり、ただ食うだけの仕事をやるだけで精一杯という事もあるという事。))
自分もどこか、自分が今やっていることで食ってけなければ、
その夢は捨てるべし(あきらめるべし)というような
風潮の中に居るからなあ…。
まあ、正直、夢って訳ではないのだが、
ほかの事をする、例えば自分の嫌いな職種とか、
それをやると、自分は今やっていることは才能無しとあきらめ、
それを以後きっぱり止めてしまうのだというような印象をもっているが、
そうではなく、もし本当に好きなことであるのなら、
他がなんと言おうと、ほかの事をして食っていっても、
止めない、やりつづけるということが本当なのかもしれんね。
しかし、稼ぎがないと、人として認められていないというか、
人間としてどうかというか…。そう感じる部分が少しでもあるというのは、
現代病というか社会病というか、そういう部分があるんだろうな。
他者から否定されているという部分の中に居つづけるというのは、
なかなか辛いものがあるもんだ。
うちの地域のこの祭りでメインの一基(字が…?)だけある”みこし”は
なんでも、とてつもなく重いらしく、
(確かに装飾もすごいし、大きいし、)
毎年地区持ち回りで担ぎの分担が来るのだが、
もう担ぎ手が揃わない事が常連で、
トラック(資材とか運ぶようなやつ)の荷台に載せて
周るのが恒例の姿となってしまっている。
(以前から(地域は広いので)集会場近くまでトラックで運んで)
(ある程度の距離を実際に人が担いで乗り入れるという事をしていたのだが)
(乗り入れまでトラックになってしまっている。)
地区地区で出す山車もやめる所が出てきている(金銭面で)。
活気がなくなっていくようで、さみしいね。
色のついた●がたくさん描かれたマットに乗って
出た目(色)を取っていく(手や足で確保していく)ゲームがあるが、
部屋内の移動がそんな状態になってきた(笑)。
あ、
一泊旅行は無事生還。案の定、日中もボーっとした感じで、
(ツアーだったので)きっと周りに居た人たちは私のことを
「変なやつだなあ。」と思ったに違いない(笑)。
(普段から変なやつなのに、3割増くらいは(笑)。)
(自分を誘った(一緒に行った)友人の兄貴が)
(旅行二日目の朝6:30にメールしてきやがって、)
(友人に目覚ましを頼んでいた自分は、それが目覚ましだと思って)
(起こされちまったよ!!(しかも、そのメールは朝でなくてもイイ内容だったらしい))
(よって、兄貴にはみやげなし!(笑))
(ワガネムリヲサマタゲルモノニ…)
旅行を挟んで、数日前から
部屋(自室)がまた『作業状態』に入っているので、
どこかで一度片付けないと、移動時に変な体制で倒れでもすれば
怪我(ひねって)するか、物を引き倒して破壊するか…。
描きかけたアナログのボード。
webマンガのボツ類。
ダンベル。(足元に立てているのでこれが一番危ない…。)
web用『衝動墨』のトップページのギミック作成挑戦時に出してきたホムビ。
恒例資料類。
加えて、旅行の品類(パンフとかそういうの)。
これに加わるように今の作業の品々が増えていっている
(アナログ描きがメインなのでこれがズンズン増えている)ので、
痛い目を見る前に…片付けよう。明日。
(今日はこれからサンプルを仕上げて送る作業があるのでムリ。)
今の作業…なんだか、画面が濃い。濃いっすよ。
常に白黒だし…(笑)。
没ったら『衝動墨』の後に載せよう…(笑)。
『衝動墨onクラフト紙』の残りの整理はちょっと遅れる予定。
ええい!
と くれば、次に続くセリフはもうおなじみ、
さむい!!
さむいんだ!
自分がそう思っているだけなのかもしれないが、
今やっている作業をやるときに限ってさむい。
(前の前のときもそういえば寒かったな…。)
これが、一部屋で作業の済むこと(PCで作業する部屋)ならば
こうは思わないのだが、トレスの作業が必要って時に、
まさにその時に決まってさむい(気がする)。
下書きの段階では暖かかったりするのだが、
さて次は…という段階の日になると…限って(?)気温が下がる。
(トレスの作業は)北の部屋だし、
普段使わない部屋だし…嫌なんだよな。
気がめいってくる。なんだか、些細な事だが、じわじわ溜まっている感が…。
「もう、下書きに直接筆入れしちゃる!!」
と今回ついやってしまったが、
これは確かに部屋の移動は必要ないが、
手間とか、作業が倍以上かかることになるわけで
消しゴムかけせにゃならんし、原稿は汚れるし、
かすは掃除しないといけないし、やり直し効かんし、修正も…(ぐだぐだ)。
PCに取り込んでからも汚れ取りの量がまったく違うし。
ちょっと(せめて例年並に位)暖かければいいのだのに。
ほんと勘弁してほしいである。
さむいのはダメなんだよ…。暑い方は大丈夫なんだが…(クーラー好かん)。
数日後には行きたくも無い旅行に巻き込まれるし…。
普通、旅行好きな方々ならば、「旅行代金ただで旅行」なんていうと
「イイじゃん!」って事になるのだろうが、
そりゃ、自分だって、 欧州旅行!とかそんなのなら喜ぶ(やったこと無い)が、
せいぜい隣の県へのバス旅行一泊。こんくらいの旅行…
巻き込まれるという状況であればなおのこと、嬉しくは無いものだ。
「身内のお祝いのためにとったペア旅行が相手がいけない可能性があって…
万一の場合、一緒に行ってくれんやろうか…。」と、数日前。
「いまさらキャンセルしても、大して戻ってこないし、
なにより苦労してとったのに、キャンセルはイヤ!
でも、一人で行くのは…。」とのこと。
このとき自分は、まあ、今思うと安請け合いだったかなと思うが、
9割はその身内がいけるだろうと踏んでいて(実際そのくらいの雰囲気だったんだよ)、
「(保険って事だな。心配性だモンなあ。)」と「他に居なけりゃね。」と
言っていたのだが…。(↑昔から良く知った友人なので。ほんと心配性。)
それが現実に…。
早起きはせにゃならんし(これが一番困る)、
ツアーはオプションつけまくりですごいスケジュールらしいし。
旅行代はただで済むかもしれないが、小遣いは要る訳で、
使う予定の無かった出費となることは間違いない。
ただで行けるといっても、やっぱ少しはお返しのお土産が
要るだろうしな…。
少しでも「旅行が好き」という部類の人間であったなら良かったのだろうが、
しかし、もう避けられる状況には無いので、
まあせいぜい旅行先で猫を探すか、馬探すか(居るには居る所)、
資料になりそうな写真とか撮って来るとか…
とりあえず、その友人とみっちり2日間話が出来るってことで
まあいいか。(昔から見知っている仲なので話の種は尽きないこと請け合い。)
しっかし、ほんとこんな人間(自分のような)に声をかけるとは、
ほんともったいない…。でも、せめて本人には楽しんでもらえるよう、
迷惑だけはかけないように、同伴してくるとしますか…。
いっちきます…。
少し前まで「ゼルドナーシルト」ちうSSゲームをやっていたのだが、
「(大体今3分の2か、行ってて4分の3あたりかな~。)」
と思っていたその日にエンディングを迎えてしまい、
予想ハズレでなんだか「ぽっくり」な気分に。
選んだ行動がまずかったのかなあ…(^^;)。
(かといって特にバッドエンディングではなかったのだが…。)
自分はストーリーの経過的にそう思ったのだが、
セーブタイムが3桁表示(000時間)まであったら、
「そのあたり(99hオーバー)まで続くのだろうか」と期待しないかぃ?
(↑長く出来るゲームスキー。)
最終タイムも全然だったし(50時間…も行ってたかなぁ?)、
まだやってないことばかりだったし(闘技場も酒場娘も鍛冶屋も)、
そもそも、本来の目的も自分では完結できてないし(間接的)。
このゲームも「マルチエンディング」をうたう一つなのだが、
マルチエンディング。これについて
自分は「ちょっとねえ…」と思うことがある。
昨今のゲームではこういうことは無いのかもしれないが
(人材も余ってるくらい居るみたいやし、記録容量自体も増えている為)、
エンディングを多くするあまり、せっかくの本編の軸を
細く頼りないものにしてしまっては居ないのかと。
本などとは違う、Playする”ゲーム”なのだから、
プレイの仕方によってエンディングが変わるというのは
いいと思うが、それをただ多くするというのも、
量と質のバランスというのだろうか、そこが
残念な事になっているものもあるのではないのだろうかと。
一つエンディングを足すだけで、サブストーリーなどの絡み方が、
すごく複雑になり、ともすれば分かりにくくなったり、ぼやけたり、
そんなこともあると思う。
個人的に、エンディングタイプは3(多くても5)あたりで十分だと思う。
大きな軸としてはそこはぶれず置いておいて、
その他細かい違いをそのプレイに応じたところで
本筋のエンディングにプラスしていく感じで。
(バルダーズゲート2ToBのような感じ。)
それでいいと思うのだけど…。
「全てのエンディングを制覇するのが好き」というタイプでゲームする人には
10以上もあるというマルチエンディングはやりがいのあるものかもしれないが
自分のような、そのゲームの雰囲気やストーリーに真っ向体当たりでプレイしたい
という場合には、そんな「散らされた」内容はあまり嬉しくない。
(一度目は自力で。二度目は攻略本等片手に。としても、)
(「体当たりプレイ」は実に体力が…^^;)
このゲームとは違うが、「マルチエンディング」と大々的に言っておきながら、
エンディングに絡むようなストーリー分岐が起こるわけでもなく、
最後の『おまけ』の様なつけたし部分だけが違うってだけのものがあったが、
それって、「サギだーっ」と思ったのははたしてそのゲームをプレイした人の内
自分だけだろうか…。
(逆に自分はその「おまけのような『エンディング?』」は)
(無い方がそのゲームに対する印象が断然良かった…。)
(あの『エンディング』のおかげで後味最悪になりました。自分。Z○…)
エンディングがたとえマルチではなくても、
もっとちゃんと楽しめるゲームというのはできると。そう思うだね…。
(ゲーム中のサブゲームが多彩ってのは全然良いのだが、)
(本筋を完全に途中から分岐させていくというのは…。)
(シミュレーションとかアドベンチャーとかその手だったらいいのだけどね。)
これも
ストラテジーならストラテジー(?)。RPG(ストーリーもん)ならRPG。
両立は確かにいいのだが、”どっちも”と欲張るとダメなんじゃないかと。
やはりどちらかを柱と決めてやるべきかと。
(自分これ、ストーリー売りだと思ってやったのだが、)
(もしかして、そうじゃなかった…トカ?)
(だとしたら、まだ少しだけ納得がいく…か…。)
何でも自由にすればそれで面白くなるかというと
必ずしもそうではないわけで、
スポーツなどもルールがあるから面白いのであって、
そこを受け入れ、そこに入ることで楽しいのであって
何も取っ払ってしまっては、それは「作品」といえるのかどうか…。
て、ゲーム作っても無いトーシローが何言っても
戯言でしかないのだがね。
さっき、飯の食いすぎで、やばいとこだった(笑)。
皆様も勢いで食うのは気をつけましょう。
(いやあ…。今日は今期初のたけのこごはんだったもんで…。)
いつもよりそうとう早く眠気が…。
これは完璧ちゃんと眠れていないサイン…。
睡眠時間のほうは極端に足りていないということは無いので、
眠りが浅いか途中覚醒か。
日中と就寝中と、(室内)温度差がまだあるので、
現在若干布団が薄気味なので、そこが原因かも。
(↑寒さに弱い。)
もうひとつはアレだ。寝る直前までの作業。
しかし、これはこれからしばらくは続く気配だし…。
さらに悪い事に、これから地区の祭りの準備が始まる。
とすると、祭りの当日(2日間)は朝からうるさいが、
朝からということは無くても、数日前からは太鼓の練習とか始まるし…。
(その練習場は我が家から言うと隣。(隣接はしていないが。))
人の気配がすると良く眠れないんだよね…。
これからまたGWで朝から子供達が走り回るし…(これが結構目が覚める)。
いや、元気なのはいいことだし、普段なら何でもないのだがね。
こういう状態の時はちょっと勘弁してほしか~と思うこともないこともない訳で。
耳栓して寝よか(持ってないけど…)。
作業の方は数日前から始まったばかりで、試行錯誤段階ではあるが
この段階はこれはこれで悩む所が多く、これが睡眠(寝つき)を悪くさせる。
一番良い(?)のは、作業は出来るだけ早めにキリをつけて終わらせ、
その後は別の事、絵とか描くこととははなれた事、
テレビを見たり、ゲームをしたり。そこで眠る体勢にしてから就寝。
これが理想なんだが、そうは行かないのがいつもの事で、
作業が続いている間(期間)は、ゲームなんてやってられんし。
時間的にというよりも、作業から意識をそらす行為をする事が出来ない…。
(ちなみに、風呂は就寝よりかなり前に入るので、寝るへの準備とはならない。)
上手い具合に早いうちにその日の作業を終わる事が出来れば、
リアルタイムストラテジー系のゲームくらいはやったりもするが…。
まあ、別に、前の『P.G.R.』の時も大丈夫だったので、
本格的に作業が始まれば、ペースがしっかりとしてくるだろうから
大丈夫なのだろうが…。
やはり、この時期が一番辛いんだな…。
嗚呼…
早く寝りゃぁいいってもんでもないんだよな~…これが。
ねむ…。
今日もこれから作業しておくかと思っているが、
今からやると…。今日もダメそうだな…。
一応、「今日までにアップ」をひそかに目標としていた本日
『衝動墨onクラフト紙』の画像をアップ。
今回は全体の4分の1で8枚分。
結局「画像2枚で個別ロールオーバー」というのは保留にしました。
(スタイルシートじゃなく、あれはJavaだったかもねえ…(^^;))
なんとも非常に見難いTopページになってしまいましたが…。
(交互に説明文字の色も若干変えてはみているのだが、)
(これをやると実は「履歴(リンク後色が変わる)」が反映されなくなるんだよな…。)
まあ、頭の中でイメージできるスマートな表示方としては
個々の画像が大して大きくないので、
画面両端にサムネイル画像を置いて、そこのクリックで
その間(ページの中心)に画像を表示、その部分だけを変化表示。か?
Flashかなぁ これ。
でも、個人的にユーザーにDLを要求するようなやつは
避けたいんだよね…。
まあ、まだ模索中ということで。
(画像見出しのページためにわざわざ戻るのも…ちょっと不便だよなあ…。)
ちなみに、タイトル(?)の「on」も言語的に合っているのかどうか…(汗)。
(素で間違うからねえ…自分w(恥))
今回アップした8枚、その後の筋肉解剖図あたりまでは
主旨がぶれてなく、一応一貫して「筆を活かす描き方の模索」が
出来ていたのだが、それ以降のはどうも、単に
描く為の媒体として”単に筆を使っている”だけの状態になってきていて、
(とくに、キャラデザっぽいイラストなどはもう完全に、)
ふらふらのし始めだったのかもしれない。
「自分が何をどうしたかったのか。」というのがあいまいになってきていた様子。
実際、今回サムネイルとしてあげているもの以降(つまり今年に入ってから)は、
この『衝動墨』は実践されていない。
今の自分の目標は一体どこに…。