今日でこの歳も終わるというに、
なんともダメダメな自分…。
「被災地の為に。」とか、そういう行動以前の問題だよねー。
具体的な未来ビジョンが自分にそれほど明確にあったわけではないが、
一応、平坦(安易)な道や、くだり(堕落)道ではなく、
上り(険しげ)道を選んで一歩ずつは前に進んでいたはずだったのに。
ただ盲目に歩いてただけだった自分の一歩前には
道は無かった…そこに気づけなかった自分は
くだってきた道と同じ所…いや、もしかするとそれ以下かも…。
まあ、どうせ、どうやてっても同じ結果にしかならなかったのだろうから、
今更、自分の運命(?)に抗う気力も無いが、
それにしても、そんなダメな自分以上にダメだなーと思う
今日この頃。
音楽はこういうとき、けして無力じゃないと自分は思う。
音楽は他者との「共有」とか「シンクロ」とか…(脳のそういう部分の働き)
そういうもので出来ているものなので、
こういうときには精神的な支えとなるのは
人間心理的にも間違いないと自分は思っている。
本当につらい時に音楽は耳にも入らないが、
そこを越え、伏せていた顔をふと上げたときに
人が求めるものは、自分が一人ではないというつながり。
未知の状況でだれもが戸惑って警戒もしている時に、
意識を「共有」したり「シンクロ」したりさせてくれる
無意識を換気させてくれるのが、音楽でもあると思う。
それに比べ、絵のほうは…ほんと弱いなと思う。
力が無いというわけでは無いのだが、
やっぱり、絵というものが「個」だったり「内的」だったり
他者との共有というものを求めない性質のもであるために、
こういう状況では、やっぱり弱いなと感じざるを得ない。
しかし、世の中には、その絵の力で被災地に協力している方もある。
直接絵という形もあるが、自分の描いた絵の売上金を
寄付するというボランティア絵という活動。
自分の友人も実際これに参加し、全額を寄付するという事をやっている。
自分にもそれくらいは出来る(物理的には)と思うのだが、
この期に及んで、また、自分の絵の「非一般性」という部分に
無力感を感じて、ダメダメ感にさいなまれている…。
ボラ絵も自分には出来ないのか…と。
こんな状況においても、自分は何も出来ないのだなと思うたびに、
さすがの自分もやっぱ凹むw
自分を無理に押し売ってまで他人の役に立つんだ!とは思わんのだが、
押し売らないから…だめなのかねえ…(笑)
明日は友人と絵のネタエキス吸収の為にクエスト(探索)してくる予定。
充電もばっちしだぜ。