自分もあのプログラムを見ました。
人は何故食べなければならないのか といった感じの番組。
その中で、肥沃とはいえない土地(砂漠のような土地)で
かつて狩猟をして暮らしていた民族の人の話がありました。
小さな貧しい集落で暮らす、小さな子供の居る家族の話でした。
今は一所に住んでいる生活を送っている人々の集落なのですが、
まともな仕事もろくになく、その家族の家長の男性は木を集め
薪として売って歩いたりしてなんとか稼ぎをえようとするのですが…
それでも家族を養う事もままならず、
その日食べるものも手に入らなかったときは、
近所の人からわずかなとうもろこしの粉等を分けてもらう
というような生活をしていました。
家長の男性は責任を感じてか、食事は幼い子や、妻達に全て与え、
自分はとっていませんでした。
毎日の食事は足りず、妻はこのまま食べ物が得られないのならば
出て行くと言い出します。
そんな中、彼は幼い頃狩りの先で口にした食べ物を手に入れようとします。
狩猟は長くかかることもあり、その間の空腹を紛らわせてくれる食べ物。
ただし、それを食べて実際に腹が満たさせるわけではなく、
数日間(だったっけ)空腹を感じることが無くなるのだという。
それを採って来て家族に与えてやろうと考えたのです。
その幻の食べ物(植物)が生えていそうな場所を村の長老達に聞き、
彼は100kmも先への土地へ徒歩で一人向かいます。
かつては自由に行き来できた土地も、今では私有地とされて居る事も増え、
目的の物はなかなか見つからなかったのですが、
何とか見つけることが出来ます。
彼は、感謝の踊りと歌をささげ、その植物を必要なだけ頂き、
後はまた生えてくるように残しておきました。
彼が集落を出て3日後。
戻って家族にその食べ物を与える映像もありました。
しかし、私が感じたのは、
これでは根本的には解決した事にはならないのではと。
その場しのぎであり、必要な栄養が得られたわけでは無いと。
最後に彼が再び売って歩いた薪が売れ
売店でとうもろこしの粉と子供達へ飴玉を買えたところが
うつされていました。
その植物は彼らに明日への生きる希望を与えてくれた事は
間違いない様でしたが。
今日、土日に溜まったメールのチェックをしていると、
メールマガジンのタイトルにその植物の名が。
どういう事なのかと思うと、その植物の成分がダイエット用品に
利用されているようなのだ。
自分はいろんな意味で、軽く気分の悪さを覚えた。
もちろん、そうやって製品にされているものは正規に栽培されたりした
ものだろうが、あんな、本当に困っている人たちが最後の手段として
用いているような食べ物が、こういう使い方をされているとは。
飽食の人間がダイエットのために…。
あんなところに生えている植物だという事を思えば、
本当に必要な人に与えられるべきものなのではないかと思った。
(同番組に出ていた遺伝性疾患のある人とかに…。)
もし、一次的な利益に負け、心無い人に乱獲などされたら…。
その集落の様な貧しい人たちが、この植物を
うまく栽培利用でき、収入とできればいいのだが。
まあ、自分のような人間がどう思おうと、
結局はこれもまた一つのエゴなのだろうが。