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先日のテレビ番組で、
「今の自分の疲労の意識と、実際の疲労度」
というのをやっていました。
「(疲労かあ、今の自分にゃあんまり関係ないなあ(笑))」
と、他人事と決め込んで見ていたら、
長時間絵を描いたりという事も、体の疲労の一つだとか。
そういわれてみれば…。
人の脳の感じる疲労度は、高揚感や達成感などにより
覆い隠されてしまうと同番組で言われていたが、
絵を描いているときは非常に集中していたりするし、
それは長時間である事も多い。
が、確かに描いている最中はあまり疲れを感じていない様な…。
作業が終われば確かに「疲れた~」となることもあるが、
完成した時は感じる疲労度は少ない様な…。と
思い当たる部分も多々…。
まあ、今のところ「疲労で倒れる」 などという事はまずあり得ないが(笑)、
「自分の思った以上に身体は疲労しているかも。」
という事があるという事を心においておけば、
自分が無茶しすぎる事を押さえられるかもしれない。と思った(^^;)。
(自分も多少、他人の為だと少々がんばってしまう傾向が無きにしも。)
(しかし、実際”それ”で失敗したという経験もあるのだから、)
(やはり、ほどほどが一番という事で…。)
(結果、迷惑かけてしまっては意味が無いからな(^^;)。)
でも、実際の自分の疲労度なんて、
測る以外分からないのだろうしなあ…。
(自分の脳は麻痺しちゃってるわけだし。)
ちょっと無茶目をした日は、とにかく良く休む(眠る)という事が
いいかもしれませんですな。
う~ん…(^^;)、
考えてみたら、「棚板が落ちる」という事はないかもしれないが、
「棚自体が落ちる」という事はありえるな…と。
床に置いたままで、すでに色々と置いてみたりしている棚。
ああいうデザインにしたのは、棚板の長さが揃ったものが無かったという
こともあったが、CDだけではなく、できれば本も置ける棚がほしかったので、
交互に棚をつけてみた。
思惑通り、本等(ハードカバーの書籍とか)も十分に置ける事は確認されたが、
本はCDよりも断然重い…。
そんなものを棚に置いたら…。
棚は相変わらず本を並べてみてもびくともしない安定感だが
(板の丈夫さだけでなく、釘も3cmくらいあるやつ)
((しかも抜け難い様ねじれのあるやつ)を使ったしな)、
棚自体も(丈夫な板のおかげで)それなりの重さがあるし、
壁に付けるのはちょ~っと危険かもしれないと思い始めた…。
(本格的に釘などで壁に打ちつけるのならばいいが…)
(例えばねじ込み式フック程度では無理そうな気が…。)
しかし…
自分も決して上手くは無いが、
純粋に のこを使ったり、釘を打ったり、
また、それによって何か物を作ったりするのって、
おもしろい(楽しい)よな(^^@)。
大工作業は日の明るいときにやるものと相場が決まっている。
(次の新ネタのお手伝いの提出もまだその時は済んでいなかったのだが。)
という訳で!、天気もよく、欲求も高まったところで
家にあった廃材をあさって棚を作ってみた。屋内で…(^^;)。
家に誰も居ないことをいい事に、
かなづち、のこ、くぎ、廃材を持ち込み、
下が石材のところで作業。
おがくず?うん、大丈夫片付けるし。
それに、元々薪ストーブ用の木くずで慣れた場所だし
(って、どんな理屈?(笑))。
で、BGMにまたYMOかけてギコギコカンカンやっていたら、
親帰ってきたし!!(゚∀゚)
「(そういや、朝居たな~…。)」
(↑朝居ると分かる時間に家に居るという事はその日は休み。)
別に何も言われはしなかったが、(棚を作るとは前々から言ってはいたからか、)
なんとも、家の中でキャッチボールとかやってるのを見られた時のような
(実際やったことがあるわけではないが、)
そんな気まずさを覚えた…(笑)。
真ん中に延びている棒(板)はこの棚を壁に吊るす為用。
もう少し色々強度用に板を張ろうと思っていたのだが、
板自体がかなり硬い丈夫なやつ(床板用のいいやつっぽい)だったので、
これだけでも意外とがっちりとしたので、止めておいた。重くなるし。
と、(吊るそうと)作ったはいいが、
見回したところで、適当な壁がにゃ~い(笑)。
すでに棚を設置していたり、コルク板をかけていたり…。
まあ、そのコルク板も大して重要なものを張っているわけでもないし…
(自分のいつも座っているすぐ横の壁に掛けている小さなコルク版には)
(メモ紙が大量に張ってあるが…(^^;)。紙の寸法だったりとか…。)
そいつを移動させるかな…。
それまではしばらく床に…。
…って、早めにやらないと、また散らかりの山の中に埋もれるぜ?(笑)
この時期になると、自分でもくしゃみが増える気がする…。
やはり、「あれ」か?と思うのだが、
母親の姿を見ていると、「いや、違うのかな?」とも思う(^^;)。
鼻はずびずば。目はぐしぐし。
夜になってもその状態。とにかくひどい。
本人いわく、「これでも良くなった方…(歳で)」なのだとか。
まあ、母親は元都会っ子(注:現在地よりは)だからな。
光化学スモッグの方は(耐性?が)あったかもしれないが、
スギ花粉のほうは許容量が少なかったのだろうな。
そうなりゃ、後は、父親の方の器(うつわ)の大きさを
信じるしかなさそうだな(笑)。
うむ。今日も(いい)天気だ…。外が恐い(笑)。
アイディアの火種は燻っているのだが、
いまいちまだ着火点に到達していない様子で、
また進まない状態に。
それは、絵の事もあり、私生活な事もあり。
今年の桜の開花予想も発表され、
春が着実に目に見えてくる季節になってしまった。
巷は新生活に向けての「更新」真っ盛りだが、
自分はまた乗り遅れてしまったようだ。
まあ、乗り遅れたといっても、乗る気がそもそもに無いので、
対岸でまた見送っているという感じだろうか。
あるところに一度立ち止まってしまうと、
速度差のあるものに再び乗ろうとするのは
相当に困難だ。
こういう(自分のような)生活を歯がゆく感じる人は居るだろう。
多分、自分自身もまっとうな社会生活の中に居れば、
そう思う一人かもしれない。
自分が学生だった頃は、学生という船の規則を乱そうとする者や、
船から勝手に外へ飛び出そうとしている人が一種歯がゆかった。
しかし、それは船に乗っているからそう思えたこと。
乗っていなかったり、乗れなかった者はそうは思えない。
それに、今頃気付いた気がする…。
立ち止まって分かる、その速さ。
再び乗り移る事への恐さ。
地べたから、今や加速度をつけながら走っている列車に飛び乗る事…。
それが自分には出来るだろうか。
今のまま、地べたを”自分の足で歩いていける”のならば、
それでもいいと思うことも…。
どちらが良い事、正しい事なのかは、分からないが。
自分が前使っていたウェブメールは、
「返信」機能を使うと、元メールに添付されていたものまで
”勝手に”添付されていて、それに気付かず
送信してしまい、相手に失礼な事をしてしまった事が何度か。
解除する機能もあったのかもしれないが、
自分はそれを見つけられず、毎回手動で添付を解除(削除)してから
送っていたものだ。
そもそも、何故『添付のものまで返信に付ける機能』が『標準』に
なっているのか、そちらの方が自分は甚だ疑問に感じたものだ。
迷惑メールの規制が少しずつだが進んでいるとかいないとか。
出来れば早めに行ってほしいと願うが…。
自分に届く迷惑メールは無視を決め込んでいるが、
自分の(アドレスの)場合、迷惑メールの大半は英文。
(英語っぽいのがほとんどだが、中にはドイツ語だったりフランス語?だったり。)
タイトルや名前。数文字表示される本文の方ももちろん。
どうせ読めないので開いたりはしないが、
これも規制できるのだろうか…。
そういうメールを「送ってはならない」という規制の無いところ(国)から
送ることは取り締まれないだろうしなあ。
メールを送ること自体が基本的に無料という事がイカンのかねえ…。
今日は、家にいた猫の命日でもある。
他界して何年にもなるが、少々特徴的な風貌をしていた為か、
それに近いものを目にするたびに脳のどこかが未だに敏感に反応する。
写真などはもう”てき面”だが、微妙な色加減の白色にも目が行く。
よく抱いていた為(ネコの方も寒がりだったので、自分からも良く来ていた)、
手や腕にあの『重さ』がいまだ残って居るのだが、
それがまた一層の恋しさをさそう…。
家の周りをうろついている、例のキジ柄の猫はいまだに居るが、
鳴くだけ鳴きまくっているだけで、相変わらずいつもびくついている。
保健所等で処分されている犬や猫。
以前まで自分はイメージ的に犬の方が数が多いのかと思っていたが
(野犬などの方が危険な可能性がある様に思えた為)、
実際は猫のほうが数字は多いのだそうな…。
単純に。やはり、そのままにしているといけないからという事で
処置しているという事なのだろうが、それほどの悪さをしているのだろうかとも…。
ただ生きているだけでも許されざるというのは、空しく悲しい。
身近な生き物の事なのに、これに関しては自分でも「みてみぬふり」だなあと。
時々マジに思う。
ただ、
もっと他の方法(処分するという方法以外の)で
数の統制を行えば解決するのかというほど、ことは単純なことではない。
何故こういう(今のような)事になってしまっているのかという所まで
さかのぼる必要もあるかもしれない。
これら全てを、個人で出来ることでもないし、多くのお金、技術、理解が必要。
(一人でもできる人も居るかもしれないが、自分にはムリ…。)
でも、毎日のように、淡々と(?)『処理』されているという事を、
少しでも知り、少しでも考える必要があるように、思う…。
彼らがくれたことへの(われわれ人間に出来る)恩返しって…、
なんだろうな…。
そういえば、チミシリーズとは別の未来シリーズ。
まあ、シリーズになるのはこれからだが、
未来第一弾の『未来写真』(http://miraino.jp/)。
公開のお知らせをいただいていたのに、まだやっていなかったなと。
チミシリーズと同じように、
名前を入れると今回は自分の『未来写真』が見られるという。
さっそくやってみた。


おぉ~っ(゚∀゚)!!
いいね~。ネコだよネコー(科だけどな)。
顔のちっちゃめなネコ科の方が良かったけど、まあいいや(笑)。
というか、今回も結構いいとこついてる気がするよ~、これ。
(チミ萌はちょっと自分が解読できなかったが…(^^;)。)
自分ネコ科な気がするもん。きまぐれで、気分屋で…。
(偶然にもRegior自画像のイメージも獅子調なんだよな…。)
そして、一見だけすごそうな(えらそうな)ところとか…(^^;)。
雄ライオンって、風貌は確かにすごいのだが、
強くて何でもすごいって訳ではないらしいからねぇ。
しかし…、
自分のこのハンドルネーム。自分に合ってるのかもしれないな。
(結果がまぐれだとしても、興味深い。)
だとしたら、それはそれでうれしい気がするね。
あせった~。久しぶりに焦った~(^^:::)。
自分がネット用で使っている、親からのお下がり品のこのノート(PC)。
前からよく変な挙動を見せていたのだが、
最近おとなしくしていたので、すっかりと安心していたのだが、
ついさきほどまで、勝手にNumキーが入ってしまい(しかも解除できず)、
文章が打てず、非常に難儀していたところでした…。
(ノートを使わない人のために補足しますと、)
(ノートPCのキーボードはNumキーで右手のいわゆるホームポジション辺りのキーを)
(テンキーとして(入力を切り替えて)使えるようになるんす。)
(テンキーのついてない省スペース型キーボードにもその機能がつけてあるみたいす。)
このノートのキーボード、
BSのすぐ上にNumキーがあるのだが、
自分、爪を伸ばしている為、何かと当って迷惑していたので、
Numキーを取っ払ってしまっているのだが、
それでもなぜか勝手に入ってしまうことが。
今もそうなってしまい、
外していたNumキー(と、ゴムみたいの)で押してみるが、
反応なし。ヽ(ー∇ー#)ノア~ン?
再起動してもまた勝手に入るし、ヽ(ー皿ー#)ノグヌ
外付けのキーボード(の一つ)も認識しないし、ヽ(ー_ー#)ノ・・・
だめもとでまた別の(古い)キーボードとをつないでみて
やっと解除できたという…。
このノートは本当に色々と「嫌い」なのだが、
(だったら、使わなければいいじゃないかといわれそうだが、)
自分の作業用のPCはネットとはつなぎたくないのだ…。
セキュリティーが面倒だから…(^^;)。(その事に気を使う事すら。)
スタンドアローンで行きたいわけよ!(って、言葉合ってるか?(笑))
画像のやり取りや、サイトのアップデートなど、
確かに面倒な面も多いのだが、
不意の事故のリスクを出来るだけ減らしたいんだ。
(作品の)バックアップ前のデータを失いたくは無いのでな…。
とはいえ、このノートの元の持ち主(つまり親)からも
「そろそろ…(買い替えかな?)」と言われるし。
確かに、もう2度(あれ?3度だったっけ??)も修理に出したPC。
今までは(長期)保険期間内だったので修理も出来たが、
次何か起きたら…。
・・・。
買ってくれるのならいいが(コラコラ)、自分ノートは買わんぞ?(金が無い!!)
というか、デスクトップでも金が…。
もうしばらくはがんばってもらわなければ…。
(金よりも、また買い替えのPCを考えるのがイヤだよ…。)
自分、洋ドラ好きなのだが、
劇中、PCなどのデスクトップのテーマを
一見してOSが分かってしまわないようなものにしているドラマもありますよね。
んで、それがまたかっこよかったり(゚∀゚)。
現在、自分のPCは旧式な表示(テーマ)にしているが、
思うと、最初にMyPC扱ったときは、色々とやろうとしていたなと。
デスクトップのテーマ。壁紙、アイコン、カーソル等まで。
(今も、壁紙と、バーの色や幅等くらいはいじっているけども。)
ん~、確かに色々やると自分好みのカッコイイやつにも出来るんだよな~。
結構探したり、選んだりって時間かかるが、
久しぶりにやってみてもいいかなあ…と思ったり。
なんか、手がカビくせえ!(何故?!)
と、思って色々考えてみたら、
薪ストーブの木だわ。あれにカビついてたんだわ。きっと…。
一瞬、自分の部屋のどこかがかびてるのかと思ったよ…(シャレにならん(笑))。